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湯けむりと冒険、自然が教えるプライスレスな価値 田中 一徳
國學院大學北海道短期大学部教授

四季を通じて自然の中で活動する私だが、何も考えずただ心を解放する時間は稀だ。

秋の入り口に差し掛かったある日、日常の喧騒を離れ、英気を養うために大雪山系へと向かった。渓谷の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、幻のオショロコマを求めて深山の流れにテンカラ釣りで毛ばりを放つ。次々と飛び出してくるオショロコマたちを釣っては放し、釣っては放しに熱中、その愉しさに自然と笑みがこぼれてくる。
途中、森の香りに包まれながら見つけたのは、山の恵みである天然のナラタケ。キノコは観察だけでも面白く、渓流釣りの喜びと森の恵みを目にして、心が踊る時間を過ごした。

宿泊先は、歴史と格式を誇る「ホテル大雪 ONSEN & CANYON RESORT」。中でも「和房 雪花」は、温もりある木の調度品に囲まれ、部屋に設えてあるお風呂からは層雲峡の絶景を一望できる。湯気が立ち昇る展望風呂に浸かりながら、旅の疲れがゆっくりと溶けていく感覚は何にも代えがたい。温泉のぬくもりが心と体の芯まで染みわたり、日常の重圧も次第にほどけていく。

夜の楽しみは「和房 雪花」専用ダイニング「季饗庵」でのディナー。北海縞海老や花咲蟹、ズワイ蟹といった北海道の海の幸が、東川町産の「ゆめぴりか」と共に丁寧に供される。
さらに、日本酒好きの私にとって、上川町の地酒、上川大雪酒造の純米吟醸酒との出会いはまさに至福。素材を活かしたお料理と日本酒のハーモニーが生むひとときの豊かさは、旅の醍醐味そのものだ。温泉好きの私は食後にも温泉とサウナで、渓流釣りと天然キノコ観察の興奮を余韻に変え、心の整理をするような贅沢な時間を過ごした。

翌朝も「季饗庵」での朝食が期待を裏切らない。品数豊富な料理の数々が自然散策前のエネルギー補給にはぴったりだ。

チェックアウト後の帰り道、偶然立ち寄った国立公園を抜けた森の中で天然のサルナシの実を見つけた。北海道では「コクワ」と呼ばれるその果実は熟して甘く、口の中で優しく弾ける。一方、傍らに茂る天然ホップの青い香りは、野趣あふれるほろ苦い余韻を残す。
このような自然の素材に触れるたび、都市生活で忘れかけたプライスレスの価値や野生の感覚の大切さに気づかされる。

快適な宿を拠点に、自然の懐で野生の感覚を取り戻す——そんな旅には、一時の贅沢ではなく、心の糧としての深い価値があるように思う。今回の旅を通じて、四季ごとに異なる表情を見せる大雪山系の自然と、これからさらに注目される「アドベンチャートラベル」の可能性にも想いを馳せた。自然体験が心に刻むのは、プライスレスな本物の価値。次はどの季節に、どんな冒険が待っているのだろう。そう考えると、もうすでに次の旅が楽しみでならない。

*田中氏からのメッセージ:

秋のキノコといえば松茸や舞茸が主役になりがちだが、私がひそかに愛してやまないのがナメコ。ナメコは寒くならないと姿を見せない、晩秋限定の気まぐれなキノコ。初秋にはまったく気配がないのに、気温が低下し初雪がちらつく頃になると、静かに顔を出す。その気まぐれっぷりがたまらない。また「ホテル大雪」をベース基地に腰を落ち着けて、森をぶらつきながらナメコ観察の旅を楽しみたいと思っている。森の静けさの中で過ごす時間は、日々の喧騒をリセットする最高の処方箋になると思う。

米国出張で滞在中のスプリングフィールド大学より

田中一徳(國學院大學北海道短期大学部教授)
1970年新潟県小千谷市生まれ。東京学芸大学大学院修了。専門分野は野外教育、ウエルネス。趣味は山菜採り、渓流釣り、キノコ採り、バックカントリースキー。温泉ソムリエ、防災士の資格をもつ。